未完成なる人への視線

先程、自閉症児への対応でそのお母様が、
苦労話をされていたのをテレビ放映で見た。
自閉症児と限定せず、障害者への対応に
難しさを感じているのは私だけではないだろう。
その問題の核心のひとつに
障害者自身は”障害者扱いされるのを嫌う”という事である。
これは非常にややこしい事柄を生み出す。
なぜなら、人間には美観があるからだ。
普通の関係においても美と醜があり、
それがあるからこそ人間の文明、その他の発展が進んできたのだ。
そこには個人で言えば、
自分自身をよりよく成長させるための、
自分自身を切り刻んで様々なことに挑んできた歴史がある。
そんな中、障害者は未完成のまま存在し続けている。
そして、そこにこころのバリアフリーを宣言している。
人間に上、下はないと言うのが民主主義だ。
障害者も普通の生活が送れている人々と
真っ向勝負できることが言わば差別のない世界への突入し
それを実現させることができるのではないか?
何と言うジレンマ。
どんな視線を障害者に捧げればよいか?
難しいですね。